Monthly Archives: 6月 2015

ダニエル・シュミットが出演している映画  西田宣善

 先日、また8ミリ映画を見る日があった。こんどは短編ばかり約20本。私が監督した映画と、現在全作品を預かっている大学時代の友人、牧正之君の作品だ。一緒に見た辻豊史さんと話しながら。
 私は、自分の作品については何度も見ているので目新しい印象はないのだが、やはり時間が経ってみると、感想は変わってくる。製作当時は大失敗作だと断じていたヌーヴェル・ヴァーグごっこがしたかった映画『アスファルト作戦』はそれなりに可愛く思えたし、音楽がない3分間の劇映画『生霊』は、キネ旬でデザイナーをしている島岡進さんが主演なのだが、他の出演者も含めてレベルが高く感じたりした。
 辻さんがおもしろく思ったのは、『影の人々』という10分の短編だ。これは、フジフィルムで当時特別に行っていたカラーフィルムを白黒に現像するというサービスを初めて試した映画で、辻さんはビデオにはない、フィルムならではの白黒の質感を褒めてくれた。この映画は、ある女性が超能力を持つという予知夢を体験するというものだが、最初と最後にヒロインのスイスの叔父さんというのが出てくる。これが亡くなったダニエル・シュミット監督なのだ。当時、キネマ旬報社でアルバイトをしていた私は、たしか河原晶子さんがシュミットにインタビューされる場に同席させてもらい、大胆にも8ミリカメラを回させてもらった。この映画の音楽は、サイレント映画調を狙って、『シー・ホーク』というエリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの映画音楽を使っている。知っている人は知っているが、シュミットの代表作『ラ・パロマ』でのクライマックス、山上での歌のシーンで流れるのがコルンゴルトのオペラ「死の都」であることからきている選曲である。
 あと、牧君の数々の映画であるが、『パラレル姉妹』という実験映画と劇映画がミックスされた作品が良かった。たしか彼のイメージフォーラムの映像学校での卒業制作だったと思うが、イメージフォーラム的な実験性が程よくて、こういう映画をもっと見たいと思った。ちなみに、私はこの映画で共同撮影を担当しているが、自分がどのショットを撮ったのか、ほとんど覚えていなかった。

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南木顕生さんのこと  西田宣善

 南木さんとは、私が宣伝を担当した『歌舞伎町案内人』(張加貝監督)の脚本を師匠の神波史男さんと書かれていて、それで知り合った。といっても、その時はシナリオのイベントにチラシを持って行ってほしいと連絡を受けた覚えがあるだけで、会って話した記憶がない。
 それからかなりの時間が経って、南木さんがSNSで書かれている日記がおもしろくて、読んでいるうちに私のことが本人の目に留まったらしく、友人申請してとのことで、友人になった。その日記での南木さんは、毎日のようにすごい数の映画を見ては読みやすくて痛快な評を書かれていた。時に、映画をメチャクチャに批判することもあるし、独断が強いのだが、読んでいておもしろかった。
 やはりSNSで知り合った名古屋の友人がおり、彼は南木さんのことを慕っていた。その友人が東京に遊びに来るということで、彼を囲んで飲み会が行われることになった。私もその会に呼ばれたのだが、仕事のため合流が遅くなった。だから飲み足りなくて、名古屋の友人、南木さんと二次会をした。場所は新宿のBURAという店。映画人などがよく集まる店だ。案の状、南木さんの知り合いの脚本家などがおられた。私たちは3人で映画談義。南木さんの言葉は熱かった。4時ごろ店を追い出されて、サイゼリヤに行く。時間は朝の5時。南木さんの弁はますます冴え渡る。「シナリオでもそうだけど、俺はこの時間がいちばん冴えてるんだ」。確かにSNSの日記でも、朝寝て、昼起きる生活のように見受けられた。こちらは眠くてたまらない。
 そうだ。その日は南木さんの初監督作品『ニート・オブ・ザ・デッド』の撮影間近だったのだ。録音担当がいないので、私が知人を紹介しようとしたりしていた。それはスケジュールが合わず、残念ながら叶わなかったのだが。その後の配給の経緯は、5月20日のブログに書いているが、最初、南木さんと一緒に映画館に営業に行った。その時は1本立てで、毎回南木さんとトークショーをするというもの。しかし、その映画館からは断られた。ある有名映画祭からも断られた。
 この前後、南木さんの動きは激しくて、いろんな監督作品や脚本作品を動かそうとしていた。そのうちのいくつかの相談を受けたりしていた。
 2014年4月4日、南木さんが亡くなったと知った。『ニート・オブ・ザ・デッド』の配給という宿題が私には残された。今度はトークショーを毎日やる訳にはいかないので、何かふさわしい併映作品はないかと探した。何本か考慮した映画はあったが、最終的に行き着いたのが木部公亮監督の『遺言』だった。この映画は前から見ていたし、どちらもゾンビ映画である。
 こうして『ニート・オブ・ザ・デッド』は公開の運びになった。皮肉なことに、南木さんが亡くなってから、大きな映画祭にも出品することができた。あと南木さんの遺志はこの映画が海外に出ることだった。海外の映画祭に行けるかどうか。それはまだ交渉の途中である。
 
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贅沢な自主映画『ストロボライト』 西田宣善

横浜シネマリンというはじめて訪れる劇場にて、片元亮監督『ストロボライト』を見た。とある理由から、以前サンプルDVDでは見せてもらっていたが、劇場で見るのは初めてだ。やはり劇場で見ると当たり前だが迫ってくるものが全く違う。

この映画、やたらと手間と時間がかかっているように見えるのが、実は全くの自主製作映画だ。

物語は刑事ドラマ。とかく日本の自主映画といえば、半径5メートルほどのスケールで恋愛を描いたものが圧倒的に多い。その風潮に反旗をひるがえし、片元監督が商業映画も顔負けのスケールで謎の殺人事件をつくりあげている。

登場人物の多さと、複雑なストーリー、謎解きと淡いラヴストーリーも配合して、見応えのあるものに仕上げている。

撮影は伊丹市中心で行われているが、舞台は何と東京。これはご当地映画ではない。警察、病院などロケ地は多様で、エキストラも多数動員されている。

謎解きと思って見ていると、はぐらかされたり、思わぬ登場人物が出現したり。変幻自在の容貌を見せるのがこの映画の魅力だ。ラストは観客を宙ぶらりんの状態に誘うのだが、それもこの映画の独自の味わいだ。

俳優たちは全員無名。これでも関西では大阪京都神戸のミニシアターで大規模な公開を行い、ヒットした。残念ながら、東京での公開は終了してしまったが、監督と配給担当の槇さんは、このあとも映画について全国行脚を続けるという。だから、毎回必ず監督の舞台挨拶がある。この映画を見た女性グループでのリピーターが出現して、劇場を追いかけて見続けているという。それだけ吸引力のある映画だということだ。

溝口健二についての蓮實重彦氏、青山真治監督対談 西田宣善

2015年6月5日発売のキネマ旬報誌にて、『溝口健二著作集』と溝口の映画について、蓮實重彦先生(映画評論家、フランス文学者)と青山真治監督との対談を6ページにわたって掲載している。私は司会・構成・文ということだが、まあそれ以上にそもそもこの企画を立案して実行するまで、長い時間をかけてきた。

私が企画編集・発行した溝口健二著、佐相勉編「溝口健二著作集」(発行オムロ 発売キネマ旬報社)が世に出たのが2013年5月。その直後に蓮實先生には本をお送りしていて対談の話をさせていただいた。しかし、例の大著「『ボヴァリー夫人』論」のゲラを読むのに時間がないということで、しばらく待たせていただくことなった。キネマ旬報の明智惠子編集長は、蓮實先生に出ていただけるのならば、いつでも誌面をあけますという約束だった。対談をようやく実施することができたのは今年の3月6日。場所は蓮實邸であった。

対談の中身については誌面を見ていただくのがいいのだが、対談の時間は1時間半。丸起こしした文字数は2万字を超えていた。しかし、キネ旬から申し渡された文字数は僅かに6千字。3分の1に圧縮しなくてはならない。対談や座談会の時、場合によっては全体の中から部分的にあっちこっち引っ張ってきて文章化することも多い。だが、このお二人のお話には明らかに流れがあって、一定のヴォリュームのある文章をブロックごと切って、構成するしかなかった。本当に泣く泣くカットしたお話も多々あるのだ。

そうした訳で、構成した文章に対して、おふたりに少し申し訳ない気持ちもあった。ところが、この文章を読んだ明智編集長から意外な言葉を聞いた。蓮實先生の文章を学生の頃に読んだ時のことを思い出しましたと、感謝のメールをいただいたのだ。たしかに、蓮實先生のユーモラスな決めつけとか言い切りがふんだんに出てくる。

昔の蓮實先生の文章になじんでおられた方、そして何より溝口健二の映画にこれから接しようという学生や映画作家には必読であろう。

そして、「溝口健二著作集」を購入いただければこれに勝ることはない。この本を何度も読むことで、映画作りの極意、方法論などがよくわかるはずだ

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