Author Archives: omuro

南木さん、やっと本ができました。   西田宣善

「南木顕生遺稿集」がついに発売となった。というのは、この本を作る上で、かなりの困難に遭遇したからだ。脚本家で『ニート・オブ・ザ・デッド』という監督作品を遺して南木さんが亡くなったのが2014年4月4日。その後、『ニート〜』の公開や南木さんを偲ぶ会を経て、この本の企画が立ち上がったのが同じ年の何月だったか。

偲ぶ会で中心的な役割をされた谷岡雅樹氏と南木さんの友人の川畑隆一氏にまず相談をした。当初、谷岡さんに編集に入ってもらおうと頼んだが、それはプロの編集者に頼んだ方がいいという判断だった。そこで、あるベテランの編集者に頼んだものの、結局降りられてしまった。私と彼がコミュニケーション不足だったことが一つの原因だった。

仕切り直しをして、オムロ社内で編集をすることにした。ヴォリュームのある「グリニッチビレッジ・シネクラブ」とSNSで発表された膨大な日記を読んで選別するという多大な労力を要する仕事に入った。これを編集者の田村由美は奥様の南木宙子さんと連絡を取りながら、徐々に進めていった。

特に、日記が曲者だった。南木さんの日記は詳細な解説と毒を吐きまくった痛快な言い切りで読ませる映画評が仲間の間でも評判だった。これを出版するというのは、宙子さんによれば南木さん本人の発案だったらしいが、東西問わずあらゆる映画に対する誹謗中傷の嵐で、このまま収録するのは不可能な文章が相当あった。この中から、多少言い過ぎのところを加減しつつ、南木さんの舌鋒鋭い文章を極力生かすことに努めてもらった。

発行者である私が入れてほしいと強く頼んだのは南木さんの師匠である神波史男氏が亡くなる前後のことを書いたところ。ここは日記の中でも白眉である。

収録した3本のシナリオも面白い。城戸賞受賞の『熱帯低気圧同盟』のちょっと色っぽくて可笑しいラヴシーンなんか、南木さんの一面を見る思いがした。

この本が広く読まれることを切に願ってやまない。

『第3章』アップしました。    西田宣善

高校から大学時代にかけての多作時代を経て、社会人になってからは自分で映画を撮るなんてことはなかなかできない。

そんなことをやろうという気持ちが、時にフツフツと沸いてくることがあるが、パーソナルフォーカスが終了するという知らせが届いたのは2010年だったと思う。3分間の8ミリフィルムのみの映画祭だ。私も学生時代から時々出していて、8ミリフィルムの終焉に伴い、もう最後にするとのことだった。これを機に、私は最後の8ミリを撮ろうと決意した。

たむらゆみさんに脚本を頼み、溝口健二の『山椒大夫』にオマージュを捧げるシナリオができ上がった。これも友人の諸星千恵さんの助言で神奈川県のある湖をロケ地に選んだ。

当時、太秦株式会社でマネジメントを担当していた黒川達志さんを主演にして、ヒロインに黒川さんの友人の木川聖子さんに出ていただくことになった。

撮影当日、8ミリカメラの他に、ビデオカメラも持ち込んだ。スタッフは私の他はたむらさんだけ。撮影も私で、フィルムとビデオで2度撮影した。ほぼ同じ演技を2度やってもらった。カット割は違う。夏の暑い日で、私は大汗をかきながら、撮影を終えた。

8ミリ版の編集は自分で行い、お気に入りのディーリアスの曲をつけて、パーソナルフォーカスの主催者に送った。これは東京、福岡、京都などで上映された。

問題は、ビデオ版の方で、それから2年眠らせてしまった。なぜならば私は自分でデジタルの編集ができないからだ。

幸いにして、仕事関係から衛藤文さんという方が見つかり、編集をお願いすることになった。ここでまた問題になったのは音楽をどうするかだった。『クローンを故郷をめざす』の時に、音楽評論家の石塚潤一さんに紹介された鈴木治行さんにコンタクトを取ることにした。現代音楽の代表的作曲家の一人である鈴木さんに音楽を頼むとは畏れ多いこと。こちらは全くの自主映画でお金はない。鈴木さんは心良く引き受けて下さり、お礼も申し訳ないぐらいの破格の値段だった。それなのに鈴木さんはこちらの勝手な注文、「早坂文雄を意識して下さい」などといったことを受けて、素晴らしい音楽を作って下さった。

編集当日。編集の衛藤文さんが言い出した。「色が揃ってません」。これはどうしようもない。呻吟の末に編み出したのは、全編を白黒にすることだった。このアイデアをくれた衛藤文さんには感謝の言葉もない。

映画は函館港イルミナシオン映画祭に出品した他はどこでも上映しなかった。YouTubeに上げて皆さんに見ていただこうと思ったのは、監督への秘かな「野心」からである。ぜひご覧下さい。

再び松山和弘君のこと     西田宣善

突然のことだが、家の中の整理を始めた。とっ散らかっている本、DVD、CD,書類の山。それを次から次へと整理していく。忘れていた物で見たかったものが時折出てくるのも楽しい。

古い手紙の山の中から、1枚の1986年の年賀状があった。差出人は松山和弘。前に書いた『サテライト・オペレーション』『ホムルンクス』を遺して逝った高校時代の友人だ。写真がその年賀状の実物だが、そこに新作8ミリ映画を撮ったことが宣言されているではないか!

タイトルは『レディ・デイ・最後のメタルナイト』。なんでも107分の大作で、松山君は監督・脚本・編集・撮影・美術と、自分で大活躍と書いている。残念ながら、私はその映画の上映会に行けず、見ていない。

俄然見てみたくなった。当時の京都芸大生をあたってみるか、ご遺族を訪ねるか、 幻のフィルムをもとめて、また旅に出てみるか。

*久々の更新です!佐々木浩久監督のこと  西田宣善

 佐々木浩久監督と初めてちゃんとお会いしたのは今はなき渋谷パンテオンだった。しかし、お会いするなり、佐々木さんは「いや、前に会ってますよ。鈴木(昭彦)さんのスタジオで」。
 『冬の河童』の仕上げの時か何かであろう。僕が宣伝を担当することになった『発狂する唇』はパンテオンでの東京国際ファンタスティック映画祭がお披露目だったのだが、この残酷ホラーにカンフー、コメディ、唄などを織り交ぜた怪作に観客はどよめいて、大拍手を送った。その後、「映画秘宝」などカルト系雑誌の応援もあって、1999年テアトル新宿のレイト枠で公開されて、12週のロングランを記録した。
 好評を受けて続篇が製作された。前作を引き継ぎつつも、今度は宇宙人を題材とした『血を吸う宇宙』である。こちらも15週という異例のロングランとなった。この映画ほどイベントが多い映画は当時なく、初日から8タイというものを行った。8日連続のイベントで、全日入場した人に豪華プレゼントがもらえるというムチャクチャなものもあった。この予想外のヒットで、一瀬隆重プロデューサーから出た「究極のアイデア」というのが短編を新たに作ってしまうということ。こうして生まれたのが『血を吸う宇宙外伝・変身』だった。公開最後の週に間にあわせるために、急遽映画を作るというのは日本映画史上にも稀なことではないだろうか。
 これら3作の映画すべてを監督したのが佐々木さんなのだが、この短編の思わぬ副産物となったのは、僕が俳優として出演したことだった。これは脚本の高橋洋さんの思いつきなのだが、僕の素人演技をおもしろがった佐々木さんからその後も度々お声がかかるようになった。『刑事発狂』という短編では、なぜか学生服姿で殺される役。『ケータイ刑事』シリーズでは、三輪ひとみさん演じる催眠術師に自分をサルと思い込まされて狂う役、などなど。だいたいが殺されるか狂ってしまう役だ。
 僕も最近プロデューサーとして色々な映画を企画するようになったのだが、佐々木さんともある企画を開発している。その中で、「自主映画の短編作りたいですよね」みたいな話が出た。
 一方で、発狂シリーズ全作上映してほしいとテアトルの沢村さんに言ったら、『血を吸う宇宙』が公開15周年を迎えることがわかって、実現することになった。そして、あろうことか新作の短編も上映してもらえることになった。キネカ大森で!
 それもいつの間にか発狂シリーズに寄り添う形の短編となることになっている。だが、その映画はまだ撮影もしていない。撮影予定日から公開日までの間が2週間もない! これはもしかして、またまた記録かもしれない。
 という訳で、皆さんキネカ大森に馳せ参じていただきたいのだが、もうひとつ佐々木さんのワークショップも開くことになった。演技志望者の方はぜひお越しいただきたい。
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黒沢清『岸辺の旅』との旅   西田宣善

黒沢清監督といえば、いわゆるシネフィルに絶大な信頼がある監督である。彼の新作ならば、彼らは有無を言わずに絶賛する。私は決してシネフィルではないので、好きな監督ではあるが必ずしもすべての作品をいいと思っている訳ではない。
黒沢作品との出会いは、『しがらみ学園』だったと思うが、8ミリ時代に遡る。
その後、『ドレミファ娘の血は騒ぐ』などの商業初期作品を経て、念願だったホラーに挑んだ『スウィートホーム』、そしてホラーの傑作『CURE』『回路』『叫』……。非ホラーでは、『アカルイミライ』『トウキョウソナタ』が好きだ。
新作『岸辺の旅』はホラーではないが、妻(深津絵里)が死んだ夫(浅野忠信)と旅に出るという設定からして、一種の怪奇映画といっていいと思う。
ロード・ムーヴィーではあるが、移動感は希薄で、紡がれて行く映像もどこか薄い感じがする。描写や演技も淡白で、編集が私のリズムに合わないので、少しイライラする。
小松政夫、赤堀雅秋をはじめとする俳優が死者を見事に演じていて、彼らの出る場面は全く飽きない。
小松が演じた新聞配達の男が消えた時、部屋の壁一面に飾ってあった造花の花弁が一斉に灰になり、部屋がたちまち廃墟になるところなど、美術が素晴らしいと思ったら、名人の安宅紀史だった。
撮影は近作の黒沢作品を手がけている尊敬する芦澤明子で、今回、柄本明のパートから構図を意識的に変えられたような気がするが、どうだろうか。
通常の日本映画よりもメリハリの効いた音響も印象的だが、これはフランスとの合作なので、仕上げを当地で行ったよう。音楽はオーケストラで、盛り上げるような曲調で、監督はダグラス・サークのようなメロドラマの音楽を狙ったらしく、私はこういうアプローチは好きである。
SNSでこんなことを読んだ。『スター・ウォーズ』の新作であの監督だから楽しみだと言ったら、すごく引かれた、と。一般の観客は全く監督のことを考えないで見ているということだ。その点、監督によっては、映画を見ていて、その演出の手つきをビンビン感じさせる人がいる。黒沢清監督はその典型であり、演出から「映画的」な光や音を強く感じさせ、そこがシネフィルには堪らないのだと思う。その反面、一般の観客には伝わらないところがある。本作のレビューを見ても、「わからない!」の一言の人もいた。
監督で映画を見るなんて、当たり前のことだと思うし、そんなことは学校で教えてほしいぐらいだが、かといってシネフィリーというか、映画絶対主義のようなものが主流になられるのもどうかと思う。だから、黒沢監督にはもう少しレンジの広い映画を作ってほしいと私は願っている。

亡くなった高校時代の友人を偲ぶ上映会   西田宣善

7月20日、京都祇園近くのカフェ。ここは私が高校時代の友人で、一緒に映画を作っていた松山和弘君(通称:ババさん)が常連として通っていた店だ。彼は、私が知らない間、2008年に病死した。高校時代のクラスメートが松山君のことをこのカフェのホームページに書かれているのを見て、教えてくれた。店主に連絡を取り、私が松山君の高校時代に監督・出演した映画を持っていることをお知らせすると、ぜひみんなで見たいとおっしゃった。それで、実現したのがこの上映会だ。以下は、即席に作ったプログラム。配布するつもりが、プリンタの調子が悪く、配れなかった。自主映画の上映会にはよくあること。
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松山和弘監督作品の(ほぼ)すべて上映会 
                    京都・オパール 2015/8/20
OMURO PRESENTS
©著作権は当時の嵯峨野高校生徒たちにあります

『サテライト・オペレーション』1980年 嵯峨野高校2年2組作品
脚本・監督・編集・出演 松山和弘 製作総指揮・撮影・編集 西田宣善 
15分 出演 2年2組生徒たち

松山が初めて監督したSF作品。タイトルは小松左京の短編からきている。松山は全カットの絵コンテを描いて撮影に望んだ。撮影の西田は、シーンによっては絵コンテの変更を主張。松山が本当に撮りたい映画とは違ったものになったのかもしれない。編集は松山、西田が約半分ずつ担当している。

『ホムルンクス』1981年 嵯峨野高校文芸部作品
監督・一部脚色・編集 木上雅雄、西田宣善、松山和弘 原案・脚本 奥村泰彦 撮影・照明 木上雅雄 主演 西田宣善、松山和弘(劇団こうま)

西田、木上が映研設立をめざしていたが、挫折。代わりに文芸部に入部して映画を作ることになる。西田は松山を誘い、一緒に映画を作ることになった。しかし、ここで立ちはだかったのが企画会議。会議での投票でどのシナリオを映画化するかを決めることになった。西田が最初に書いたシナリオが「人造人間S−7号」という人造人間もので、それに触発して松山が書いたのが「悪魔を憐れむ歌」というやはり人造人間もの。しかし、企画会議で通ったのがあろうことか、やはり人造人間ものの「ホムルンクス」(本当はホムンクルスが正しい)。監督の3人はこのシナリオがいやでいやで、松山は特に後半部分を全面的に書き直した。西田は途中に挿入される幻想シーンなどを演出。演出は3人でシーンを割り振って演出した。
主演も西田と松山で、松山の怪演をぞんぶんに楽しんでいただきたい。
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この2本の上映中、何度も笑いが起き、終わると大きな拍手。この2本は文化祭用の映画で、当時はこんなに受けた記憶がない。35年経って、最も成功した上映会となった。

映画の感想は、予想以上にいいものだったというのが皆さん共通の意見だった。皆さんは30代以上となった松山君をよく知っていた人たち。私は高校時代、そして少し大学時代の彼を知っている。松山君の思い出話に大いに花が咲いた。彼がいかにディープな映画ファンであったか。その話に大いに驚かされたものだ。

私も彼のことを思い出す。高校卒業後の進路について、彼は迷っていた。美術の世界に進むか、映画の道を歩むか。彼は上手かった絵を生かして、京都市立芸大に進学した。私は紆余曲折の末、映画の世界に入ったのだが、松山君はデザイナーになった。そのことを知った私は、一度彼に映画のチラシ、ポスターのイラストを描いてほしいと思った。昔、映画のイラストを描くのが夢だと聞いたことがあったからだ。そこで、具体的な作品はなかったのだが、彼にうちの会社で制作した映画のチラシの見本を送ったことがある。その後、彼からの連絡を待ったが、なかったので、そのままになってしまった。

松山君と再会したのはミクシィで、彼のディープな映画評はすごくおもしろかった。それが、2008年の3月に突然途絶えた…。今もミクシィで彼の映画評は読むことができる。

*『ホムルンクス』の松山和弘。このシーンの演出は西田で、しかも、西田が演じる「私」の見た目のショットで、西田自身が撮影している。
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マッドマックス 怒りのデス・ロード    西田宣善

 私は最近、東京で見逃した重要な映画を、京都のスクリーンで見てフォローするクセがついている。『バードマン』しかり、『セッション』しかり。そして、今晩の収穫は待望のマッドマックス・シリーズ最新作であった!
 ジョージ・ミラーといえば、『ベイブ』という子ブタが主人公の名作映画を製作したり、『ハッピーフィート』というペンギンが主役のCGアニメーションを監督したかと思えば、オスカーをさらったり、変幻自在の人だ。だが、私にとっては、スピルバーグが製作した『トワイライト・ゾーン』という中途半端なオムニバス映画の最後のエピソードで、飛行機乗客の演出で見る者を恐怖のどん底に陥れた監督として語り継がれる人だ。
 今回の映画の舞台は核戦争後?の地球。あまりにも荒廃して、何が何だかわからなくなっている国の砂漠地帯を舞台にして、トム・ハーディー演じるマックスと、シャーリーズ・セロン演じるヒロインが暴れ回る。というか、ひたすらアクションを続けまくる。
 女性軍団がマックスたちと行動を共にするところから、この映画をフェニミズムの文脈で語ったり、逆に、男の子映画の究極とされたりもする訳だが、私から言わせれば、映画好きと自認する人が、この映画を見ないなんてウソでしょう?ということになる。
 ギターやドラムを欠かせない戦士たち、ミリタリー好きには堪らないクルマたちの疾走や爆発。なかでも音響設計の緻密さと設計には驚嘆した。
 撮影はジョン・シール。ミラーと同じオーストラリア出身の名キャメラマンだ。この人もミラーと同じ70代。激しすぎる爺さんたちである。
 2時間はいささか長いのではないかと思わなくはないが、エンデンィングの渋さを目の当たりにするとそんなことは言ってられなくなる。必見。

映画館に、BoBAさんのポップが! 『HERO』はこんど見ますからね!
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ダニエル・シュミットが出演している映画  西田宣善

 先日、また8ミリ映画を見る日があった。こんどは短編ばかり約20本。私が監督した映画と、現在全作品を預かっている大学時代の友人、牧正之君の作品だ。一緒に見た辻豊史さんと話しながら。
 私は、自分の作品については何度も見ているので目新しい印象はないのだが、やはり時間が経ってみると、感想は変わってくる。製作当時は大失敗作だと断じていたヌーヴェル・ヴァーグごっこがしたかった映画『アスファルト作戦』はそれなりに可愛く思えたし、音楽がない3分間の劇映画『生霊』は、キネ旬でデザイナーをしている島岡進さんが主演なのだが、他の出演者も含めてレベルが高く感じたりした。
 辻さんがおもしろく思ったのは、『影の人々』という10分の短編だ。これは、フジフィルムで当時特別に行っていたカラーフィルムを白黒に現像するというサービスを初めて試した映画で、辻さんはビデオにはない、フィルムならではの白黒の質感を褒めてくれた。この映画は、ある女性が超能力を持つという予知夢を体験するというものだが、最初と最後にヒロインのスイスの叔父さんというのが出てくる。これが亡くなったダニエル・シュミット監督なのだ。当時、キネマ旬報社でアルバイトをしていた私は、たしか河原晶子さんがシュミットにインタビューされる場に同席させてもらい、大胆にも8ミリカメラを回させてもらった。この映画の音楽は、サイレント映画調を狙って、『シー・ホーク』というエリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトの映画音楽を使っている。知っている人は知っているが、シュミットの代表作『ラ・パロマ』でのクライマックス、山上での歌のシーンで流れるのがコルンゴルトのオペラ「死の都」であることからきている選曲である。
 あと、牧君の数々の映画であるが、『パラレル姉妹』という実験映画と劇映画がミックスされた作品が良かった。たしか彼のイメージフォーラムの映像学校での卒業制作だったと思うが、イメージフォーラム的な実験性が程よくて、こういう映画をもっと見たいと思った。ちなみに、私はこの映画で共同撮影を担当しているが、自分がどのショットを撮ったのか、ほとんど覚えていなかった。

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南木顕生さんのこと  西田宣善

 南木さんとは、私が宣伝を担当した『歌舞伎町案内人』(張加貝監督)の脚本を師匠の神波史男さんと書かれていて、それで知り合った。といっても、その時はシナリオのイベントにチラシを持って行ってほしいと連絡を受けた覚えがあるだけで、会って話した記憶がない。
 それからかなりの時間が経って、南木さんがSNSで書かれている日記がおもしろくて、読んでいるうちに私のことが本人の目に留まったらしく、友人申請してとのことで、友人になった。その日記での南木さんは、毎日のようにすごい数の映画を見ては読みやすくて痛快な評を書かれていた。時に、映画をメチャクチャに批判することもあるし、独断が強いのだが、読んでいておもしろかった。
 やはりSNSで知り合った名古屋の友人がおり、彼は南木さんのことを慕っていた。その友人が東京に遊びに来るということで、彼を囲んで飲み会が行われることになった。私もその会に呼ばれたのだが、仕事のため合流が遅くなった。だから飲み足りなくて、名古屋の友人、南木さんと二次会をした。場所は新宿のBURAという店。映画人などがよく集まる店だ。案の状、南木さんの知り合いの脚本家などがおられた。私たちは3人で映画談義。南木さんの言葉は熱かった。4時ごろ店を追い出されて、サイゼリヤに行く。時間は朝の5時。南木さんの弁はますます冴え渡る。「シナリオでもそうだけど、俺はこの時間がいちばん冴えてるんだ」。確かにSNSの日記でも、朝寝て、昼起きる生活のように見受けられた。こちらは眠くてたまらない。
 そうだ。その日は南木さんの初監督作品『ニート・オブ・ザ・デッド』の撮影間近だったのだ。録音担当がいないので、私が知人を紹介しようとしたりしていた。それはスケジュールが合わず、残念ながら叶わなかったのだが。その後の配給の経緯は、5月20日のブログに書いているが、最初、南木さんと一緒に映画館に営業に行った。その時は1本立てで、毎回南木さんとトークショーをするというもの。しかし、その映画館からは断られた。ある有名映画祭からも断られた。
 この前後、南木さんの動きは激しくて、いろんな監督作品や脚本作品を動かそうとしていた。そのうちのいくつかの相談を受けたりしていた。
 2014年4月4日、南木さんが亡くなったと知った。『ニート・オブ・ザ・デッド』の配給という宿題が私には残された。今度はトークショーを毎日やる訳にはいかないので、何かふさわしい併映作品はないかと探した。何本か考慮した映画はあったが、最終的に行き着いたのが木部公亮監督の『遺言』だった。この映画は前から見ていたし、どちらもゾンビ映画である。
 こうして『ニート・オブ・ザ・デッド』は公開の運びになった。皮肉なことに、南木さんが亡くなってから、大きな映画祭にも出品することができた。あと南木さんの遺志はこの映画が海外に出ることだった。海外の映画祭に行けるかどうか。それはまだ交渉の途中である。
 
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贅沢な自主映画『ストロボライト』 西田宣善

横浜シネマリンというはじめて訪れる劇場にて、片元亮監督『ストロボライト』を見た。とある理由から、以前サンプルDVDでは見せてもらっていたが、劇場で見るのは初めてだ。やはり劇場で見ると当たり前だが迫ってくるものが全く違う。

この映画、やたらと手間と時間がかかっているように見えるのが、実は全くの自主製作映画だ。

物語は刑事ドラマ。とかく日本の自主映画といえば、半径5メートルほどのスケールで恋愛を描いたものが圧倒的に多い。その風潮に反旗をひるがえし、片元監督が商業映画も顔負けのスケールで謎の殺人事件をつくりあげている。

登場人物の多さと、複雑なストーリー、謎解きと淡いラヴストーリーも配合して、見応えのあるものに仕上げている。

撮影は伊丹市中心で行われているが、舞台は何と東京。これはご当地映画ではない。警察、病院などロケ地は多様で、エキストラも多数動員されている。

謎解きと思って見ていると、はぐらかされたり、思わぬ登場人物が出現したり。変幻自在の容貌を見せるのがこの映画の魅力だ。ラストは観客を宙ぶらりんの状態に誘うのだが、それもこの映画の独自の味わいだ。

俳優たちは全員無名。これでも関西では大阪京都神戸のミニシアターで大規模な公開を行い、ヒットした。残念ながら、東京での公開は終了してしまったが、監督と配給担当の槇さんは、このあとも映画について全国行脚を続けるという。だから、毎回必ず監督の舞台挨拶がある。この映画を見た女性グループでのリピーターが出現して、劇場を追いかけて見続けているという。それだけ吸引力のある映画だということだ。